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 【第1回】小林社長の思想強め昆虫講座

虫屋は、もっとかっこよくていい ─標本蒐集趣味の格上げ─

Last update: 24. May. 2026.

Text: Kazuho Kobayashi

​虫って変人がやるキモい趣味

昨今、昆虫標本蒐集がにわかにブームになっているように感じます。毎年のフェアでも10年前と比べて明らかに来場者が増えており、嬉しい限りです。


しかしながら一方で、まことに残念ではありますが、標本蒐集(しゅうしゅう)という趣味は世間的に見れば依然としてマニアックな趣味と言えます。まして「たかが虫けら一匹の死骸」に数千円、数万円といった金額を投じるという行為は、なかなか理解されにくいものです。標本販売を生業としている私からしても、「しょせんは土や木から湧き出てくる原価0円の虫けらに、よくこれだけカネを投じられるものだなぁ」と、ふと我に返ることがあります。しかしそれでもこうして10年以上続けているわけですから、やはりその実情がどうであれ、「好きなものは好き」なのです。

とはいえ、いくら好きであったとしても、やはりいつになってもこの趣味を世間様の前で声を大にして公言するのははばかられますね。初めて入ったおしゃれな美容院で、初対面のキラキラしたスタッフさんに「ご趣味はなんですか?」と聞かれたとします。その時「昆虫標本コレクションです!! いや〜この前も1万円のゴキブリの標本を買ってしまったんですよ...!!」なんて、まさか口が裂けても言えないでしょう。


そんなこと言ってしまった日には、絶対に「変な人だな...」と思われることでしょう。おそらく気を使ってくれて、ストレートには言われないかと思いますが、内心ではそう思われているに違いありません。

 

そうです。昆虫というのは世間一般的には「変な趣味」なんです。そして結構な割合で、そもそも昆虫自体に嫌悪感を募らせる方々がおられる、という現状を受け入れなければなりません。普段から昆虫に親しんでいる我々からすると感覚が麻痺してしまっているかもしれませんが、「昆虫趣味ってキモい」んですよ。認めたくなくても、実際にそう思っている人が多かれ少なかれ存在しているのは事実です。事実から目をそらしてはいけません。

​マイノリティである証左

昨今、「虫を気持ち悪いって言わないで!!」とおっしゃる方をお見受けします。もちろんその主張は正しいですし、理解できるのです。親が昆虫を気持ち悪いものとして教育してしまうと、その子供も先入観から昆虫嫌いになってしまう、という懸念があることもわかります。

しかし、そこであえて言いたいのは、あまり「そんなこと言わないで!虫を気持ち悪いって言わないで!!」と、世間に価値観を強いるのは悪手ではないかなぁ、ということです。

正直、気持ち悪いものは気持ち悪いんです。理由とか抜きに、これは無理!ってもの、だれにでもあると思います。私は職業柄、基本的にどのような昆虫でも扱います。仕事の昼休み、手のひらほどの巨大なカブトムシの幼虫を触りながら昼食を食べることに対してなにも思わない程度には感覚が麻痺しているのですが、それでもひとつだけどうしてもだめなものがあります。

毛虫です。

毛虫は写真でみるとなかなか愛らしい見た目をしていますし、面白い生態や行動を見せてくれるので興味もあります。しかし、実物を目の前にすると、どうしても背筋がゾワゾワしてダメなんですよね。キモい!!!!!以外の感想が思い浮かびません。毛虫好きの方に「気持ち悪いって言わないで!」といわれても、「いや...んなこと言われても、無理なものは無理だしなあ...」としか思えません。むしろ「毛虫は気持ち悪くないんだ!!」と必死に騒ぎ立てている人を見ると、逆に私からすれば、その人たちがおかしな感性をもった「変人」に見えてしまうのですよ。

誰がどんなことを思うのも勝手ですが、少なくとも─虫に嫌悪感を抱く人間がかなりの数存在している─という事実をよそに、「昆虫は良いよ!!昆虫を嫌わないで!!」と猛プッシュしまくるのは、我々昆虫好きのマイナーな価値観を無理やり押し付けて、「気持ち悪い」と感じている人間の感情を無視し、逆なでしているだけです。

 

私はたとえ大好きなカブトムシが誰かに「気持ち悪い!」と評価されても、悲しんだり怒ったりしません。というか、全くなんとも思いません。そのような価値観が社会に浸透しているという現実を理解しているので、「ふーん、まあそうだよねー」くらいにしか思いません。我々マイノリティがワーワー騒ぎ立てるのは、世間から見れば「ああ、やっぱりあの人は浮いてるな」という印象を強調させるだけで、虫の布教どころか逆効果です。社会に迎合しようとしない証左に過ぎないのですよ

​誰かに虫を好きになってもらいたいのであれば、そのアプローチの方法について、もっと深く効率的で効果的な方法を模索するべきです。

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​巨大ゾウカブトの幼虫標本。私は好きですが、世間一般からしたら「キモい」という意見が圧倒的多数でしょう。まあ、当然ですよね。

ウイスキーになれ!

では、解決策はあるのでしょうか?どうしたら虫という趣味を世間に認めてもらえるのでしょうか。そのゴールにたどり着くためのストラテジーはいろいろあると思いますが、私が思う解決策の一つとして「虫を世間が認めるかっこいい趣味に格上げする」ことではないかと思います。

ウイスキーってありますよね。渋いオーセンティックバーで、さらっとスコッチなんかを注文している姿、「かっこいい大人の象徴」としてよく映画やアニメで描かれると思います。そうです。ウイスキーを嗜むことは「かっこいい姿」の象徴なのです。

先ほどの話に戻りますが、美容院で「趣味はウイスキーです。この前一本1万円のスコッチを買ってしまいましたよ」と話したら、反応はどうでしょうか?不思議なことに、「すげえ...なんかかっこいい...!!」ってなりませんか?

この「ウイスキー趣味に傾倒している=かっこいい」という図式が成り立つのは、これはつまり、「ウイスキーがかっこいいものとして世間的に認められているから」という前提があるからです。1万円で虫を買うのはなんか変、ウイスキーを買うのは知的でかっこいい!これが現実的な世間の評価です。

しかしですよ、ウイスキーなんてしょせんは長年寝かせただけの水とアルコールです。その液体ごときに大金を支払うなんて、冷静に考えるとだいぶおかしいんです。でも実際には、その価格の背景にはウイスキーの歴史があり、作り手のストーリーがあり、ブランドがある。原価云々以前に、そういったバックグラウンドに潜む数々の要素に価値が認められているわけです。昆虫もしょせんは自然物を人間が加工しただけなので、その点で言えばウイスキーと大差ないはずなのですが、問題は「その歴史や技術がまだ社会的に評価されていない」という点にあるのです。
 

大人の趣味としてのポテンシャル

昆虫標本が「生き物」「研究資料」というジャンルでくくられるのは当然ですが、今後は「アート」や「骨董」として世間から扱われるようにトライしてみる、というのはいかがでしょう?

骨董品の多くは、歴史的な祭壇画や、あるいは修法用の仏画などを除いて、基本的には観賞用途を主として存在する作品です。しかしそこに美術史的な、そして資産的な価値が発生しているため、立派な蒐集対象として世間から認められているわけです。昆虫標本を買うという行為は多くの場合、自身の欲求を満たすためだけの「浪費」「消費」として捉えられます。しかし一方で芸術品や骨董品を購入する行為は、「投資」「教養」として評価されるわけです。数十万円のカブトムシを購入して、「また無駄遣いしてるじゃないの!!」と奥様に叱られる方がいる一方、それよりはるかに高価なルネサンス期の絵画を数億円で買うコレクターがいてもなにも言われない、という現状があります。この差、ちょっと悔しくありませんか。

なぜ悔しいのかと申しますと、昆虫標本にも芸術品と同様に深い歴史があるわけです。古くは18世紀のヨーロッパに始まり、当時の王侯貴族を夢中にし、分類学成立後は学問の王道として、社会的身分のある知識階級から好まれた格式高い趣味として栄えてきた歴史があります。美術品がその技法の発達や、審美眼の円熟、あるいは政治的背景といった時代の変化に合わせて評価されるのと同じように、昆虫標本もまた様々な要因によってその価値が評価されます。つまりは昆虫標本の価値というのは、美術品と同じように極めて多角的な基準があるのです。

しかしまあ、価値なんてものは普遍的なものではありませんので、小難しい理由抜きに「なんかいい!」と思っただけで生まれてくるものです。道端のテントウムシを拾って「きれいだな」と感じればそれだけで価値が生まれるものですし、ミケランジェロの彫刻を見て「かっこいいな」と思えたら、それだけで十分なんです。しかし肝心なポイントは、それはそれとして、その作品や標本の裏側に隠れた背景を読み取ることにより、二次元的、あるいは立体的に可視化されるビジュアル的な評価基準とは別の評価基準に触れることが出来るということです。

そしてそれらは時に科学的であり、歴史的であったりします。その虫の生態や分類を知るには、まず論文を読まなければなりません。論文を読むためには、英語はもちろんのこと、基本的な生物学やアカデミックライティングの知識が求められます。昆虫学という立派な「学問」ですので、ある程度は「お勉強」が必要です。学問は深掘りしたらキリがありません。

 

しかしその深掘りできる「奥深さ」こそが魅力なわけで、そこをのぞき込めるだけのコンテンツそのものが内包するキャパシティがあるからこそ、昆虫標本蒐集を教養として楽しむことが出来るのです。これは見て、触れて、驚いて、それでおしまい!な、子供の趣味とはわけが違う、極めてディープで知的な大人の趣味といえます。

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​アートを楽しむにはある程度の教養、つまり予備知識が必要。知識を蓄えて、「わかる」ようになっていくプロセスを体験できるのも、大人の趣味ならではです。

かっこいい趣味として

やはり本場ヨーロッパは別格といいますか、色々な意味で昆虫カルチャーの円熟度は日本を遥かに凌駕しています。私はこれまで様々なヨーロッパのコレクターのご自宅にお邪魔してコレクションを拝見させていただく機会に恵まれました。そこで毎度感じるのは、この人たち「かっこいい生き方してるな」ということです。

多くの日本人コレクターは、良くも悪くもアマチュアです。しかし彼らは違います。ヨーロッパは日本と異なり、昆虫はそこまでメジャーな存在ではありません。逆に言えば、夏になれば毎年昆虫展が開催され、本屋には図鑑が山積みでおかれ、テレビでは特番が組まれる日本が世界的に見て異常な昆虫大国といえるのです。ヨーロッパでは昆虫文化に触れる機会が少なく、つまりその間口が狭いのですから、そこに入り込んでくる人たちは相当コアな情熱あふれる人ばかりです。

 

そして特に、こと標本蒐集となると、継続して趣味として楽しむにはそれなりにお金がかかります。たくさん集めようと思えば、それなりに資産に余裕がなければできません。さらに、日本のように便利な図鑑がたくさんあるわけではないので、情報にアクセスするだけの文化資本力がモノを言います。すなわち傾向として、ヨーロッパの名の知れたコレクターというのは、往々にして名家の出身であったり、社会的身分のある方々が多いように見えます。

彼らは昆虫標本という趣味を、ライフスタイルに美しく落とし込んでいます。もちろん極限状態の自然の中での限界採集というのも、それはそれで魅力的です。夜通し体にムチ打って山中を駆け巡るのも昆虫趣味の楽しみ方の一つかもしれませんが、彼らのように「充実したライフスタイルを構築するための基盤の一つ」として昆虫趣味を楽しむ、というのも素敵だなあと思うのです。英語を駆使し、世界中の仲間とワイン片手に優雅に標本を肴に楽しむ。余裕があるからこそ、着手できる昆虫の楽しみ方というのもあるはずです。

 

イタリアのコレクター、プランディー氏の私邸にはじめてお邪魔したときは最寄り駅まで真っ赤なマスタング(アメリカを代表する有名スポーツカー)で颯爽と出迎えてくれました。眼下に美しい湖を眺める一等地で、家族と一緒にゆっくりと過ぎる時間の中で昆虫を愉しむ。まるで狂ったように全てを犠牲にして昆虫に打ち込むのも一興ですが、こうしたライフスタイルの充実のために蒐集趣味をうまく取り入れる、という生き方に非常に強いあこがれを持ちました。

 

やはりこうした彼のようなスタイルはかっこいいと素直に思いますし、憧れます。彼自身がかっこいい生き方をしているので、その彼が選んだ昆虫標本という趣味もかっこよく見えるのです。それはまるでウイスキーに精通した大人がかっこよく見えるように、昆虫に精通した彼もまたかっこよく見えるのです。

昆虫という趣味を世間に認めてもらいたいのであれば、目指すべきはこの路線ではないか、と私は思うのです。

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​イタリアのコレクタープランディー氏と。クワガタ研究家タローニ氏の私邸にて。標本、書籍、アンティークの品々を美しく飾るセンスや余裕にあふれたライフスタイルも憧れます。

昆虫趣味のブランド戦略

よくSNS上でいわゆる「生き物屋」と呼ばれる界隈の方々が、「変人自慢」をされているのを見かけます。「生き物好きすぎるがゆえに、熱中してこんな無茶なこともしちゃう自分って異端か?笑」みたいな、トンデモ行動の投稿なんかを定期的に見かけますね。まあもちろん時には世間から並外れた行動をとってこそ一流の生き物屋!という界隈の風潮や風習もわからなくないですし、そのノリもネタとして面白いと評価されている実情も理解しているのですが、やりすぎるのはどうなのかな?と思うところもあります。

SNSなんて虫に興味のない世間一般の方々も見ているわけですから、そこで「生き物屋」が悪目立ちをすると、「ああやっぱり生物界隈の人間は変な人ばかりなんだな」という評価が下され、いつまでたってもウイスキーと並ぶような「かっこいい趣味」への昇華は出来ないと思っています。まあもちろん生き方や考え方は人それぞれですし、私は冷笑系でもなんでもありません。実際に標本蒐集という趣味をかっこいい趣味として確立させたい!と思っている私のような人間は異端でしょう。私は普段そこまでSNSを熱心にチェックしている方ではないので、別にこれは特定のどなたかに向けたメッセージでは全くありません。

 

しかしやっぱりそれでも私は標本蒐集を「センスと教養を兼ね備えたかっこいい大人の趣味」として昇華させたい、と思うのです。いつになるかはわかりませんが、美容室で「趣味は昆虫です」と言って「かっこいい!!!」と反応してもらえるような、昆虫という趣味がウイスキーのように堂々と公言できる趣味になれば素敵だなと思いませんか?

 

私は昆虫が好き、という気持ちを公言出来ずに隠し続ける世の中なんて嫌です。私が死ぬまでに、ちょっとでもそんな世の中を変えることが出来れば本望ですね。

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​ごちゃっとした雰囲気も研究者っぽくて良いのですが、標本箱を綺麗に整理して並べると落ち着いて丁寧に見られるので良いですね。

虫屋はかっこいい方がいい

最近ですが、弊社で仕事用に使用する車として、ハマーという車を購入しました。車幅約2メートル、とんでもなく厳つくてカッコいい車です。

 

今この令和の時代にハマーを美しく仕事でサラッと乗りこなす。あえて燃費の良い最新のミニバンではなく、これでお客様やお取引先の社長をお迎えするのがかっこいいのではないか、と思い購入しました。私がプランディーの真っ赤なスポーツカーを見てかっこいいと思ったように、昆虫を知らない人からみて「あ、昆虫やってる人ってかっこいいな、センスいいな」と思ってもらいたいんですよね。

 

ぶっちゃけ虫屋からすれば、「だれがどんな車に乗って、どんなファッションでいようが興味ない」という方が多いと思います。しかしながら、世の中にはそれらを気にして生きている人もいるわけです。車にせよ、ファッションにせよ、虫よりはるかに大きな巨大産業であり、この社会を経済的に動かしているわけですよ。我々虫屋は、もちろんそういった人たちにも見られていますし、無意識に評価されているわけですから、実はかっこいい車に乗ることも虫と無関係ではないのです。

 

人が評価されると、その人が好きなものも評価されると思っています。間接的にせよ、直接的にせよ、この昆虫標本蒐集という趣味の格上げこそが、昆虫文化を広めるための新たなる鍵だと信じています。

弊社は「大人の趣味としての昆虫標本」をキャッチフレーズに活動しております。今後も昆虫標本蒐集カルチャーの格上げのため、昆虫業界の更なる発展のため発信を続けて参ります。どうぞよろしくお願い致します。

※本コラムは「思想強め昆虫講座」の名の通り、代表取締役・小林一秀の個人的見解を多分に含みます。内容は必ずしも株式会社花滝ナチュラルアーツの公式見解を示すものではありません。

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「​虫屋って変人ばかりだよね笑(誉め言葉)」って言われるのも嬉しいですが、「虫屋ってかっこいいよね」とも言ってもらいたいですよね。その方が業界のイメージアップにもつながるのではないでしょうか?

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