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スタンダードなラベルの書き方講座

 ラベルの書き方というのは様々なスタイルや決め事があり、非常にわかりにくい。「ラベルは必ずこう書くべし!」という国際ルール的なものは無いので、結局のところ個人の好みやスタイルに委ねられたまま構築されていった結果、「標本 ラベル 書き方」等で検索すると論文からブログまで無数の解がヒットする現状があるのだ。では「最もスタンダードなラベル」とはなんだろうか?ここでは私が様々な博物館、大学、個人コレクターの標本にセットされたラベルを見た上で「最もスタンダード」かつ「最もシンプル」なラベルの書き方について解説したい。

...とはいえ、書き方を一から説明するのは膨大な労力が必要であるため、全くラベルを書くための基礎知識がないという方は、インターネット上で公開されている様々な素晴らしいサイトや文献があるので、そちらを熟読してほしい。

おすすめ参考文献その1 丸山宗利. 小型甲虫の台紙貼り標本とラベルの基本的な作り方と注意点. 九州大学総合研究博物館研究報告. 2014. , No. 12. p. 21-31.

​九州大学の丸山先生による解説論文。台紙の扱い方や基本的なラベルの書き方が非常に細かく説明されている。

​​※↓九州大学附属図書館ウェブサイトよりpdfダウンロード可能。

https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_search/?lang=0&amode=2&cmode=0&smode=0&direct=1&schemaid=100000&jtitle=bkum&vol=12&list_disp=50

 

おすすめ参考文献その2 猪又敏男. 標本ラベルの書き方. やどりが. 2004. vol. 200. p.50-52.

※↓-J-STAGEにpdfあり。

( https://www.jstage.jst.go.jp/article/yadoriga/2004/200/2004_KJ00006421388/_article/-char/ja/ )


これから下記に記すことは多少専門的な部分を含むものの、世界中の「最大公約数的な」ラベルの書き方であるので、これをベースに各々アレンジを加えてみると良いと思う。とりあえずこれまで様々なところで公開されている「ラベルの書き方講座」的なガイダンスに載っていないようなちょっと隅をつついた部分を中心的に説明してみる。一度作成方法を覚えてしまえば簡単であるので、是非トライしてみてほしい。


1. 採集データラベル


 最も重要なラベルであり、主に標本の採集地や年月日、採集者名など基本的なデータを記すラベルである。このラベルの基本的な書き方については前記の九州大の丸山先生の論文や、猪俣日本蝶類科学学会理事など論文を読んでほしい。

 基本を押さえた上で個人的なこだわりを書くと、まず国名がラベルの先頭に、そして太字でわかりやすく書くように心がけている。たまに虫屋でも「海外は住所を日本とは逆に番地から書いていくので、国名や県名は最後に来るようにした方が…」と主張される方がいるが、個人的な経験から言えばそんなことは全くないと断言できる。例え海外の人間であろうと、標本ラベルを取り扱うという用途においては、国、県、以下詳細…の順で書いたものの方が圧倒的に整理の際に便利だということでこの順番が多い。
 なかにはそれでもこの順番が気に入らない!という方もいるかもしれないが、しかしせめて国名については絶対に先頭であるべきだと思う。自身博物館で様々なラベルがついた標本が混入した箱を整理していると、少数であれば良いがそれが100頭規模になると国名が先頭に来ている標本の方がどこで採集されたかを瞬時にイメージ出来てありがたい。いきなり1行目に「○○山」や「○○村」などローカルな地名を出されても、どこの国の話をしているのかわからずに困ってしまう。大きい順に地名が連なっていった方が脳の理解が追いつきやすい。


 言語については基本的に英語であるが、日本のものは日本語名を併記したり、現地の言語がわかればそれを併記する事で、より正確性が向上することを期待している。

 採集日付は英語でラベルを記入する以上、欧州圏で一般的な「日/月/年」の順序で記入している。

 大英自然史博物館のやや古い標本などでは、1行目の国名の下に色付きのラインを引く事でその地値の大まかな気候帯を示している。私はそこまで細かく区分はしていないものの、より国名を強調させるために国名だけは四角で囲っている。そのせいでラベルが多少大きくなってしまう事に関してお堅い方々はなんやかんや言うかもしれないが、そんなことは承知の上でスタイリッシュさを追求しているので申し訳ない。流石に台紙レベルの小型種には別のもっと簡素なデザインのラベルを使用しているが、やはりコレクターとしてコレクションとして収集している以上、個人的にラベルのデザインはカッコよくありたいと思う。とはいえ大々的なデザインのアレンジはしようがないので、これくらいが関の山である。

 

 この採集データラベルに種名を記すコレクターもしばしば見かける。中には「種名は同定者と同定年をしっかり明記するために同定ラベル(次項参照)として別にわけた方がいい…」と仰る先生方もいらっしゃると思う。学名というのは同定者によって変わるものであるし、その取扱いは時間の経過とともに変化するものでもある。個人的には私も同定ラベルとして別に記入するが、私はそこまで硬い人間ではないのでとりあえずしっかり必要情報が記入されている限り、その行為は罪ではないので、個人の好きなフォーマットでやればいいと思っている。

 しかし事実として、博物館や大学で扱われる専門的な標本は必ず採集データラベルと同定ラベルは分離されており、この文化が100年以上続いている。好きにやればいいと言ったものの、まあこの研究者は皆別々のラベルを使用しているという事実の意味を考えて頂けたらと思う。

 ちなみに採集データラベルにコレクター名を入れる風習が100年ほど前の古い標本にはよく見られる。地名の直ぐ真下に人名が登場するので採集者の名前かと勘違いする方も多いがそんな事はなく、ただのコレクター(所持者)の名前であるだけなので注意したい。しかし中にはフライ(Alexander Fry)やル・ムールト(Le Moult)といった自分自身で膨大な量の昆虫を採集した人間も存在するので、その場合は採集ラベルに書いてある人名はイコール採集者名である可能性が高いのでこれもまた注意したい。

​採集データラベルデザイン例。左より1. 当サイト管理人作成ラベル 2. Perrot Freresによるラベル この3つはどれも文字を枠線で飾ったりイラストを入れたりしているデザイン性のあるものだ。しかし機能性や扱いやすさを求めた小型化を優先するのであれば、もっとシンプルなものでよい。

3. 採集方法ラベル


 採集ラベルは主に自身で採集した場合、その採集方法等を記入するラベルである。簡単に済むものであれば採集データラベルに記入するか、そもそもこのラベル自体を省略してもいい(実際にこのラベルは省略される事が多い)。採集データラベルに書き込む情報量の分量によってこちらの2枚目を作るかどうかは作成者自身の判断にゆだねられることが多い。採集データラベルのような細かい決まり事は特になく、トラップを使用したのであればそれがどんなベイトを用いたトラップであったか、樹液採集であればその木の種名や地上からの高さなど、可能な限りそして必要な範囲内で書けばいい。

 ある特定のグループ、例えばハムシなどはホストである植物によって分布域や生態を大きく左右される為、ホストの種名や詳細を記す事は非常に重要である。「コレクター」にとってはあまり馴染みのないラベルかもしれないが、自身で採集する機会があれば是非作成したいラベルである。


3. 同定ラベル


 ここにはその標本にどのような学名が与えられているかを自身の解釈に基づいて記す。通常「学名」+「同定者名(〇〇(人名)による同定がなされたという意味を示す○○ det.(determinedの略)という表現がよく用いられる)」+「同定年(基本的に年だけが書かれる事が多い)」の必ず3点がセットで書かれ、どれも欠けてはならない大切な情報である。

 

 種を同定、つまり特定するというのは分類の研究、そしてコレクションをする上でも大事な要素である事は間違いないが、その同定にはジャッジを下した責任者の名前が常に問われる。分類学というのは非常にあいまいな部分が多く、研究者によって属の解釈や学名そのものの有効性の判断などが分かれる部分を多分に含む。また、時代の流れと共に学名というの変化していく可能性が多いにある為、同定された学名と共にその判断を下した人物の名前と年数を記入する事によって、後に標本を手にした研究者に「この年代のこの人はこのような解釈をしていたのか」と伝える事が可能である。

 

 以前コレクションを始めたばかりの初心者の方に「種名が変更されたor自分の同定と違う標本を入手した場合、古い同定ラベルは捨てるのか?」と質問を受けたことがあるが、ラベルというのは同定ラベルに限らずどんなものでも捨ててはならない。仮に間違った情報であろうと、そこに記されている情報は別の人間の視点から見れば正しかったものであり、それが書かれた理由が必ず存在する。自身が間違っていると思った情報でも、実はそれが後に正しい情報だと判明する可能性もあるし、最も重要なのは過去にその標本を取り扱った人間たちの思考をラベルを通じて読み取ることが出来るからである。古い標本であれば、歴代の研究者によって10枚以上のラベルが付けられた標本も珍しくはない。ラベルが増えていくという事は、その標本に歴史が刻まれてゆく事と心して大切に扱おう。
 

同定ラベルデザイン例。左より
1. ハンガリー自然史博物館の甲虫学者で大著Dynastinae of the Worldを著したSebö Endrödi (1903 –1984)による同定ラベル。博士を表す「Dr.」が見える。
2. Schulzのゴライスオオツノハナムグリ。1895年のコレクションであるが、同定ラベルには人名や年数は記入されていない。現在本種の学名としてGoliathus goliathusが広く使用されているが、Schulzは当時Goliathus giganteusを使用していたようだ。学名の取り扱い方の変貌が見てとれる。
3. 大英自然史博物館キーパーのアロー(Gilbert John Arrow)によってグランディスネブト(Aegus grandis)としてされた同定されたことを示すラベルである。しかし後年に、グランディスに近縁なヒぺルプンクタ―トゥスネブトクワガタ(Aegus hyperpunctatus)が記載され、アローがグランディス同定した標本は実はグランディスではなくヒぺルプンクタ―トゥスであったため新たな同定ラベルが付け加えられたという経緯がわかる(両方とも大英自然史博物館蔵)。

4. 所有者ラベル


 このラベルについては、特に日本のコレクターでしっかりと作成している人間は少ないと思う。私よりだいぶ上の世代の方々では作成している人間は多い印象を受けるものの、作成しない人間の数の方が多いことは間違いない。したがって通常は「省略される」ラベルであると思うが、しかし個人的に非常に重要なラベルであると日頃から考えているのでここに記しておきたいと思う。

 所有者ラベルとは、「その標本の所持者の流れ」を知るために重要なラベルである。一般的によく「コレクションラベル」と言われるもので、例を挙げるとすると和田ア〇子さんのコレクションであれば「Akiko Wada collection」などと書かれた、所持者である自身の名前を記したラベルである。

 この「〇〇(人名)collection」というのは同定ラベルや採集データラベルの端に併記する人間も多い。所持者の名前を明記する事は、その標本が将来的に分類学的な研究に使用された際に非常に重要な判断素材になりうるかもしれないし、またコレクターとしての観点からすると歴代の所持者の名が刻まれた古い標本を手にするのはロマンに溢れている。所持者ラベルは19世紀後半から20世紀前半の、コレクションが上流階級の趣味として爆発的に栄えた時期にとても流行したが、残念ながらこの素晴らしい文化は現在の日本の一般的なコレクター層間(特に若い世代)ではほぼ見られないと言ってもいい。

 私の場合は最低でも 1. 所持者名 2. 所持を開始した年数(西暦)3. もしわかればその標本の過去の所持者や所持遍歴について の3点を記入している。特に3については、購入や譲渡によって入手した標本では、「今の段階で最初にこの標本を採集、所持した人間を特定する事が出来る」場合、それをしっかりと明記している。

 例えば画像1のレギウスオオツノハナムグリはイギリスのThe Amateur Entomologists' Society (AES)が開催している定例エキシビジョンにて、ケンブリッジ近郊にかつてお住まいだったヘンリー・ベルマン氏の親族から譲渡されたものである。ベルマン氏は1960年代にノリス博物館より、実業家でありロンドン動物学会フェローであったハーバード・E・ノリス(1859–1931)のコレクションを交換で入手した。そしてその標本はベルマン氏が2017年に亡くなるまでの間、氏の自宅に保管された。その後、ベルマン氏の親族からAESにて標本を譲り受けたというわけだが、この過去についてはご子息による証言やベルマン氏が交換した際に博物館に送った手紙などが現存しているため、現時点では詳細が判明している。

 しかし標本自体はコンディションや刺さっている針からして非常に古いものであるとわかるものの、昔のコレクターのコレクションによくある様に詳細を記したラベルがついていなかった(本個体が入っていた標本箱に「Africa。」「Guinea Coast」とメモ書きがあったのみ)。恐らく現在私がしっかりとこの標本の所有者遍歴をラベルに記して標本にセットしなければ、この歴史的な価値のある標本は私の次の所持者にとってはただの「ボロボロで詳細のわからない価値の少ない標本」になってしまうだろう。

 過去の古い時代の分類研究、特に分類学黎明期にあたる18世紀の研究をしていると「この標本の出どころや所持者がわかればネオタイプ・レクトタイプを指定し、問題を解決できるのに…」と思った事が幾度かある。普通ここまで詳細な所有者ラベルにこだわる人間はなかなかいないので、神経質すぎだ!と思われる方もいるかもしれないが、私自身が大学の卒論で所有者がわからなかったせいで研究を進めるのにかなり難航した経験があったのでご容赦頂きたい。恐らく分類に関する問題を多く取り扱っている研究者の方には、同じような思いを共感していただけると思う。

 ラベルの役割というのはその標本の詳細を可能な限り後世の研究者に伝え、研究に役立たせる事であるから、この所持者の流れというのは一見するとあまり重要なものに思えないかもしれないが、将来的にいつどんな形で重要になってくるかわからないものであるので、非常に重要な役割を果たすものであると確信している。
 

 ちなみに、所有者ラベルによく見られる表記として「Ex 〇〇(コレクターの名前)」「Ex coll.  〇〇(コレクターの名前)」といったものが見られる。これは「Ex」がラテン語で「~から出る」という意味を表すので、「〇〇氏のコレクションより」という意味である。似たような表記では英語で「transferred from」「obtained from」「acquired from」などがある。どれも本質的な意味としては似たようなものだが、直訳すると「transferred from」が「~より移された」となり、残りの「obtained from」と「acquired from」はどちらも「~より入手した」となる。

​ しかし英語圏の虫屋と会話をしたり、彼らのラベルを見ていたりすると、obtainedよりacquiredの方が使用される頻度が心なしか多い気がした。このレベルのニュアンスの違いとなるとネイティブに聞いてみないと我々日本人にはわからないので、イギリスとアメリカの学者2人に聞いてみた。するとどちらからも「意味としては全く同じなのでどちらも正解、でもこの場合においてはacquiredの方がより適していると思う」といったような回答が来た。このようなこともあり、ラベルに記入する際には「acquired from」を使用する方がベターだと言えよう。

 

ノリス博物館をから100年以上かけて当サイト管理人の手に渡ったレギウスオオツノハナムグリ(107mm)。標本にはイギリス製と思われる釘のような巨大な針が刺さり、コンディションを見るからに明らかに古い標本である事がわかる。しかし標本自体に所持者の経緯を表すラベルが付属していなかったので、これまでの経緯がわかる新たにラベルを作成した。標本の初出を知る事は将来的に学術的に標本が使用される事になった場合に非常に重要な情報になりうる。​

上から2枚目のラベルに△△へ分譲されたという意味で「Transferred: fr. K. Kobayashi」という文字が見える。これは1968年にK.Kobayashi氏から井上氏に標本が分譲されたことを示す。そして2018年には「Ex coll. T. Miyashita」とあることから、宮下氏からまた別人のK. Kobayashiに分譲された事がわかる。

5. その他ラベル


 上記以外によく使用されるラベルとして、標本の管理番号ラベル(IDラベル)や、簡単なメモ書き等が存在する。管理番号ラベルは博物館や大学等の大規模な収容施設の標本によく見られ、膨大な標本数につき最近ではQRコードなどを用いた一括管理が行われている。その他には必要に応じて修理履歴や特筆事項(どんな論文に掲載された、またはタイプ標本との比較に使われた等)を自由に記入してもいいだろう。

 ラベルでとにかく大切な事は、可能な限り多くの情報を後世に残す事である。「作るのめんどくさそうだしな…」と躊躇している時間があったら、とりあえず鉛筆で走り書きしておこう(鉛筆はインクペンと違い滲んだり酸化して見えなくなったりしないので、記録するという点に関しては優れている)。

 

 フォーマットやお作法云々よりも、とにかく残すという事が一番褒められる行為である。何もやらないより少しでもやったほうがマシの精神をモットーに気楽に作成するのが一番、書き方については二の次…という事を考えながら、気楽に挑戦してほしい。
 

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