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​コレクターならばこれを読め‼おすすめ書籍案内

​ 昆虫に関する本は数多く存在する。中でも専門的な図鑑を除けば、採集についてや研究についてのよもやま話を取り扱った書籍は書店でも多く目にするだろう。しかし今回はこのサイトの趣旨でもあるように「コレクション」をテーマに取り扱った本をチョイスしてみた。コレクションという文化が日本に定着してからそう長い月日は経っていないため、専門的な和書は少ないものの、存在する本はどれもとても濃い内容のものばかりである。もし図書館や書店で目にする機会があれば、是非手に取って頂きたい。

 なお、コレクションに関する専門書籍や論文の紹介はここでは割愛する。そんなものを求めているような人間はわざわざこんなことに来る前に自分で見つけているだろうから、紹介するまでもないかな...と。まあいずれ専用のコラムを書きたいと思っているので、そこで紹介することにしよう。

To Have and to Hold 
AN INTIME HISTORY OF COLLECTORS AND COLLECTING
Philipp Blom著 Harry N. Abrams社出版(洋書)

 歴史上のコレクターやコレクションにまつわる様々な出来事を紹介した一冊。昆虫、奇形児、化石、コイン、書籍…ジャンルは違えども、大航海時代を終え世界中に次々と物流の起点を築き、歴史上最も趣味としての「コレクション」が熱かった時代に生きた人々の情熱を感じ取る事が出来る。昆虫に関しては大英博物館の基礎を築き上げたスローン卿のコレクションにまつわる話や(表紙の写真も現存するスローン卿のコレクションである)、他に昆虫に関連した人物ではオランダ人医師・解剖学博士のルイシや探索家アルドロヴァンディについての記述もある。

 

 個人的なコレクションの展示室がどのような過程を経て博物館へと進化していったのか等、コレクション文化そのものの本質や先人たちの蒐集への執念に触れることが出来る良著である。

A Coleopterist's Handbook(4th ed.)
J. Cooter & M. V. L. Barclay著 The Amateur Entomologists' Society 出版(洋書)

タイトルに「Coleopterist's(甲虫を研究する人のための)」とあるように、アマチュアから専門的な領域を手掛ける人間まで全ての甲虫研究者のバイブル的な一冊。日本ではあまり見かけないものの、ヨーロッパの生物学部がある大学には必ずあると言っていいほどの、採集方法からコレクションの管理の仕方、ラベルの作成方法などの詳細が細かに書かれている虫屋向けの教科書だ。

  日本にはこのような「これさえ見れば基本から発展まで完全網羅!」と胸を張って言える、甲虫を勉強しようと思っている人間への入門書がない気がする(少なくとも本書レベルのものは見たことがない)。本書は英語で書かれているものの、昆虫を扱ううえで必要な専門用語を学ぶことが出来るため、そういった勉強ができるという意味でもおすすめな一冊だ。

Beetle
Adam Dodd著 Reaktion Books Ltd 出版(洋書)

 Reaktion Booksが出版している、動物を扱った図鑑シリーズの甲虫をターゲットにした巻。全頁カラー、200ページを超える内容にも拘わらずお値段なんと£9.99(約1200円)と破格であるから驚きだ。シリーズでは他に「ハチ」や「ロブスター」など一つの生物に特化した解説図鑑を多数出版しているが、どれも極めて専門的で素晴らしい内容である。

 図鑑といえども本書は「種類」についての解説を取り扱っているわけではなく、甲虫についての文化史や、甲虫学の歴史を主なテーマにした解説本のような位置付けの本である。歴史上昆虫を初めて「分類」したアリストテレスから始まり、東インド会社が全盛期を誇った時代のオランダやベルギーの画家たち、そして最後には日本でのムシキングブームなどについても触れており、甲虫を取り巻く文化の変容とその概要について詳しく、そして簡潔にまとまっている。こんな事を書いては怒られてしまうかもしれないが、これだけ多様な観点から甲虫の文化史について書けるのは海外の研究者だからであり、これだけの内容を日本人が書くのは難しいだろう(実際この本に類似した和書は見た事がない)。

 人間から見た昆虫という生き物を扱い、研究するという文化そのものの歴史について包括的に学べる教科書のような本であり、「甲虫に関する出来事」を年表にまとめて巻末付録につけるような本は、後にも先にもこれだけであろう。非常に残念ながら日本語版がないので、いつか販売され多くの昆虫好きに読まれてほしいと切に願う一冊である。

NATURE’S TREASUREHOUSE, A HISTORY OF
THE NATURAL HISTORY MUSEUM
Hohn Thackray & Bob Press 著 the Natural History Museum 出版 (洋書)

 博物館というのはどこでも歴史があるものだが、世界最大規模にして博物学黎明期より研究の中枢機関として機能を果たしてきた大英自然史博物館(ロンドン自然史博物館)は別格である。大英自然史博物館(大英博物館)の創設はロンドンの「コレクター」であったスローン卿のコレクションを政府が購入し、それを一般に向けた展示施設として1759年に開館したのが起源である。

 1881年にはビクトリア様式の巨大な建物と共に自然史博物館として独立し、過去から現在に至るまでに学問の変容と共に変化を遂げてきた。昆虫学的、コレクター的視点から見ると開館した1759年というのはリンネによる動物命名の基盤とされる「自然の体系」第10版の出版の翌年である。その後はリンネの教え子であり約1万種を記載したファブリシウスや、王立協会会長であり権力を行使し自然科学の発展に尽くしたバンクス、更にはダーウィンやウォレスといった歴史上の主人公が訪れた活躍の場となり、まさに「聖地」として歴史を見つめてきた。

 その概要や時代ごとの役割が、非常に多くのカラー写真と共に簡潔に解説されている。視覚的にも楽しく、気軽に博物館の歴史という文化について学ぶ事の出来る素晴らしい解説本である。

補虫網の円光 標本商ル・ムールト伝
奥本大三郎 著 平凡社出版

 フランス・パリでかつて史上最大規模を誇った希代の標本商、ル・ムールトについて書かれた伝記。

 1882年にフランスに生まれたムールトは幼少期に現フランス領ギアナに移り住み、そこで様々な場所を開拓し昆虫採集に励む。それはいつしか標本商として巨大なビジネスを構築し、コレクション文化最盛期の20世紀初頭に世界中の大富豪を相手にしたビジネスで博物館以上のコレクションを築き上げた。

 内容に関しては登場する昆虫についての解説もさることながら、ムールトの一生について極めて細かく調べ上げており、著者の奥本氏の徹底した取材力には舌を巻く。現在とはまるで環境が違う、標本のコレクションが上流階級の嗜みであったころのヨーロッパの雰囲気を知る事ができる。「標本商の黄金時代」「雌雄型(ギナンドロモルフ)の正しい作り方」「モルフォの暴落」、etc…どれをとっても興味を惹かれる小題ばかりである。 

 純粋に伝記としても面白く、現代を生きるコレクターは是非この本を通じて「古き良き時代」を知っておくべきだろう。「標本商」をテーマにした本で、これを超える名著はないと言い切れるほどコレクター必読の一冊である。

とんでもない甲虫
丸山宗利 福井敬貴 著 幻冬舎出版

 近年発売されたばかりのビジュアルブック的な、甲虫の多様性を知るにはもってこいの一冊。素晴らしいクオリティの写真を楽しみ、甲虫本来の持つ魅力を発見するという王道の楽しみ方もいいが、コレクターとして観点を変えて読んでみるのも面白い。

 著者の一人である福井さんは自身が熱心なコレクターであり、特に小型の美術的な面白みを含む甲虫のコレクションに関しては目を見張るものがある。福井さんには個人的にお世話になっている事からその蒐集の様子を普段から観察させていただいているが、やはり蒐集にかける熱意はただものではない。その結果というべきか、図解されている標本は一般ではほぼ入手不可能であろうと思われる珍品が数多く紹介されている。更に美しい展足はこれらの小型甲虫を自身で蒐集・展足するにあたっての良いお手本としても重宝する。

 全てにおいてクオリティが高く、この内容は日本以外では正直作成できないだろう。これだけの内容で1300円+税というのは破格以外の何物でもなく、全てのコレクターの参考書として一冊もっておくべき価値があると言える。

大探検時代の博物学者たち
Peter Raby著 高田朔訳 河出書房新社出版

 言わずと知れた名著。大英帝国の黄金期である19世紀を舞台に活躍したダーウィン、ウォレス、ベイツなど昆虫にゆかりのある人物をテーマに取り上げた本は多数あるものの、本書はその他の同時代に活躍した博物学者に関しても非常に細かくストーリー仕立てで解説した傑作である。

 分類学黎明期であった18世紀後半を終え、ヨーロッパ中に広まったリンネの命名法を基に、幾多の学者が未開の地へ新たなる発見を求め飛び立っていった。飛行機や衛生設備などない当時の探索はまさに命がけであり、ダーウィンやウォレスやベイツといった歴史に名を残した人物でさえ命がけで現地調査へ向かい、今日讃えられている功績を残したのである。

 博物学黄金期の空気に触れたい方には是非手に取っていただきたい、アマチュアから研究者まで楽しめるディープな内容が詰まった一冊。

​今後さらにおすすめ書籍を随時追加予定...!

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